パニック障害、全般性不安障害について

パニック障害、全般性不安障害という疾患が最近注目されています。
かつては不安神経症といわれたものにあたります。
これらはどのような症状を呈し、どのような病態と理解すべきでしょうか。
またその治療はどのようにするのでしょうか。
それらについて以下に説明してみます。


症例

症例3 通勤途中に呼吸困難となった20代女性

短大を卒業後、現在の会社で事務の仕事をしている。
最近同僚が仕事を長期に休んだりして忙しい日が続いていた。
この頃生活のリズムが乱れて寝不足気味であった。
電車で45分ほどかけて通勤しているが、その電車の中で動悸が出現。
胸苦しくなり、息ができないような感じになった。
すってもすっても空気が入っていかないよう。
だんだんと手足の先や舌の先が痺れてきた。
手足が硬直し身動きが取れなくなりこのまま死んでしまうのかと思った。
駅員にうずくまっているのを発見され総合病院の救急外来へ搬送された。
心電図や胸のエックス線などの検査では異常なく、息苦しさなども徐々に改善。
そこの医師からはストレスによるものでしょうといわれた。
そのようなことがあってからいつもびくびくとして気持ちが落ち着かない。
電車やバスなどに乗るとまた同じような状態になるのではと心配。
実際にその後も何度か同じようなことが起こり、病院を受診しているが問題ないといわれる。
その様なことが3月ほど続き、内科医師から精神科受診を勧められ初診。


不安とはどのようなものか?

パニック障害、全般性不安障害などの主症状は不安です。
主症状というのは症状の中心的なもの、根本的なものといった意味での主症状です。
根っこにある不安から動悸、息苦しさ、手足のしびれや硬直、ふわふわとしためまい感、吐き気等もよく出現します。
これらの身体症状は種種の重篤な身体疾患、例えば狭心症や気管支喘息などと症状的には重なる面があります。しかし心臓や肺などには異常が見られず、精神症状として起こっていることに特徴があります。

それでは「不安」とはどのようなものなのでしょうか。
例えばこんなことをイメージしてください。
夜階段を上っていた時、階段があると思っていたら最上段まで来ていて階段が無くて踏み外した時、一瞬あれっと思いませんか。
なんだどうしたんだとパニックに近い状態にならないでしょうか。
一瞬後には踏みおろした足が床について、なんだ勘違いかと安心すると思います。
この一瞬の予測していなかった時に起こった反応が不安です。
道を歩いていて、その床が突然なくなったとしたらどう感じるでしょう。
高層ビルの屋上に立っていて、下を見下ろしながら、だんだんと屋上の縁まで近づいていった時に起こるであろう反応。
それらが不安です。
不安とはある状況下では誰しもが体験するものです。
不安とは危機的状況下において体験する生理的な反応と言えましょう。

パニック障害、全般性不安障害で問題になるのは危機的な状況でもなんでもない日常の状況下で不安が出現することです。
その為著しく日常生活や社会生活に支障が生じてしまっています。
日常的な刺激に対して過剰に反応してしまう訳で、刺激に対する反応の「強度の面の過敏性」がある状態とも言えましょう。

なお、日常の漠然とした不安感を全般性不安と言い、急性に発現する今にも死んでしまうのではという強い不安発作をパニック発作と言います。
全般性不安だけの場合、パニック発作だけの場合、両者ともある場合など人によって異なります。


治療について

治療は薬物療法と精神療法が主となります。

1、不安症状に対する薬物療法

かつて不安神経症の治療薬はベンゾジアゼピン系の抗不安薬が主でした。
この薬剤で十分な効果があれば良いのですが、そうとは限りません。
抗不安薬を十分量使用しても効果が不十分な時にはなかなか良い手段がありませんでした。
最近は抗不安薬に加えて抗うつ薬も使用されるようになり、不安に対する薬物療法はずいぶんと改善しました。
時代の流れとしては抗不安薬よりも抗うつ薬の方を主として使うようになってきているようです。
それは抗不安薬は軽い依存性があるためのようです。
しかし実際の臨床場面ではこの両者はその効き方や副作用の出方の違いなどもありどちらともよく使用されています。
抗不安薬と抗うつ薬の効き方や副作用の違いについて簡単に説明します。

抗不安薬 

主たる作用は、不安・緊張の改善、睡眠作用、筋弛緩作用です。
内服後効果が出てくるまでの時間は短く、服用後数十分もすれば不安感や緊張は薄れてきます。
副作用としては眠気、ふらつきなどがあります。
軽い依存性があるため長期の使用には注意が必要です。

抗うつ薬

主たる作用は、うつ状態の改善です。その他不安に対しても効果があります。
内服後効果が出てくるまでの時間は長く、約一月間のみ続けると効果が出てきます。
のみ始めてしばらくは効果が出ず、副作用ばかりが出るので使い方の難しい薬です。
副作用としては種種のものがあり、眠気、ふらつき、口の乾き、便秘、目のかすれ、吐き気、排尿障害などが頻度の高いものです。
依存性についてはあまり心配は要らないでしょう。

治療上は抗不安薬か抗うつ薬をまず使用し、効果が不十分である時には両者を併用したりして用います。
多くの不安症状は、副作用などで十分な量が使用できない場合を除けばこの両者の薬物でコントロールが可能です。

一度パニック発作などを体験すると、現在パニック発作が出ていなくてもまた出るのではないかと心配になります。
これを予期不安と言います。
予期不安があり、また出るかなと心配していると不安の準備状態となり、パニック発作が出現しやすくなります。
そしてまたパニック発作が出現したとなると予期不安もより強くなり、不安の準備状態も増悪していきます。
このようにして悪循環して症状が固定しやすい傾向があります。

治療戦略としては、まず十分な薬物療法を行い不安症状を抑えます。
不安が無い状態が続くと予期不安も減ってきます。
不安に対して薬物が有効なことが分かると、また不安になっても何とかなると安心感が強くなってきます。
不安の悪循環で強くなり固定化していた症状を逆方向で和らげて行くことになります。
不安の軽減に合わせて薬剤を漸減して行き、必要なくなれば治療を終了するというのが簡単な戦略です。

2、不安症状に対する精神療法

人間の心は様々です。育った環境、両親との関係、兄弟との関係、友人と関係、人生上の様々な出来事などが影響しあって人の心は出来上がっていきます。今現在も出来上がりつつあります。
その心の形成過程において何らかの問題があり、それが不安の原因の一つとなっていることもあります。
そういったものを探り、より健康的な精神状態に導くような働きかけが精神療法です。

より根本的な成育歴、性格的問題を取り上げることもあれば、あえてそのようなことは取り上げず、症状と症状に対する心構えに焦点を当てて治療することもあります。

精神療法にも薬物療法と同じように副作用があります。
内面を深く探るような治療は時に心を不安定にします。
不安定になってから、その不安定さに耐えながら作業をしていく中で治療が進んでいくともいえます。
その作業は治療を受ける側も行う側も大きな負担を伴います。
治療の大変さに耐えられなくなり、不安定になった状態で治療を中断したりすると、治療を始める前よりも悪くなることもあります。

どのような精神療法を行うのかは、その人その人に応じて慎重に決める必要があります。
精神的な問題だから精神療法、カウンセリングを受ければ良くなるというのは必ずしも正しくありません。

以上が精神療法についての簡単な説明です。

パニック障害、全般性不安障害の人に対する精神療法としては、まずは現在ある症状を取り上げた、より現実的な精神療法を行うのが良いと思われます。
症状に対する心構え、現実に問題となっていることを取り上げてその対処法を探るなどが治療の主となります。
その人の若干の性格傾向と症状形成上の問題点を取り上げることもあるでしょう。

現在意識に上っている比較的浅い、現実的な問題に焦点を当てて治療をしていても治療が進展しないこともあります。
意識に上っていない、比較的深いところに問題がありそうなとき、成育歴を振り返りながら、治療者との間の関係性そのものを取り上げたりするような、本格的な精神療法が必要になる時もあります。