うつ病とはどういう病気なのでしょうか。
誰しも何か辛い出来事があり、気分が沈むことはあるでしょう。
ただ気分が沈んでいるだけではうつ病とは必ずしもいえません。
まず以下に例をあげてみましょう。
なお症例はすべて創作で、具体的な人を取り上げているのではありません。


症例

症例1 自宅を新築後に落ち込んだ40代の女性

会社員の夫と二人の子供の母。主婦業をしている。
家族4人でアパートで暮らしていたが、子供が大きくなり、
受験勉強のために子供部屋なども必要かと考え、
夫とも相談し自宅を新築することにした。
自宅の設計や建築中はこれからの生活を考え楽しかった。
3月前、念願のマイホームが完成し生活するようになった。
最初は引越しの片付けや、新しい家具をそろえたりしてあわただしかった。
生活が少し落ち着いた2月前ごろから何となく気分がすぐれなくなった。
家事をするのも気が重い。
買い物に行っても今晩のおかずを何にしようと考えると、
なかなか決められず途方にくれるようになった。
食欲もなくなり体重も減ってきた。
夜眠られなくなり、何度も目が覚めてしまう。
以前は朝6時ごろ起きていてたが、この頃は4時ごろに目が覚めてそれから眠られない。
朝起きたとき気分が重く、また嫌な一日が始まるのかと思っていしまう。
好きだったカラオケも行かなくなり、テレビや新聞も見なくなった。
イライラしてちょっとしたことで夫や子供にあたってしまう。
涙もろくなり、すぐ泣いてしまう。
自分のせいで夫や子供たちに迷惑をかけていると思うようになり、
離婚して一人で暮らそうかとも思う。
住宅ローンのことを考えると一生借金を抱えて貧乏な生活をしなければいけないと考える。
いっそのこと死んでしまえば楽になるのにと思うようになった。
本人の様子がおかしいことを心配した夫に勧められて精神科を受診。

症例2 昇進後うつ状態となった30代男性

高校卒業後、現在の会社に就職。
工場でライン作業をしていた。
仕事振りはまじめで、上司や同僚からも信頼されている。その仕事振りが認められ、
今春班長に昇進し、ラインの監督を任されるようになった。
それまでは上司から指示された事をやっていればよかったが、
班長になってからは部下に指導をしなければいかず戸惑ってしまう。
部下に指示しても、部下は手順が良く分からず、
結局自分が手伝ったりして以前よりも仕事の負担が増えた。
一生懸命にやっているが、上司からは不良品が多いと注意され、自信をなくした。
残業をしてノルマをこなすようにして、家に帰るのはいつも深夜で、
朝早くから職場へ行き自分の時間が無くなった。
1月前ごろから仕事に行くのが嫌でしょうがない。
朝になると頭が痛くなる。
食欲もなくなった。
職場に行って部下に質問されてもどう答えていいのか分からず、頭が真っ白になる。
仕事に対する自信も無くなり、自分はこの仕事は向いていないんじゃないかと思う。
夜もなかなか寝付かれず、仕事の夢ばかり見て寝た気がしない。
休みの日も好きなパチンコにいく気もしなくなった。
朝から夕方にかけては何をするのもおっくうでごろごろしているが、
夜になると少しテレビを見る気になり気分が少し軽くなる。
3日前から仕事に行けなくなり、毎日悶々としている。
自分のせいで職場に迷惑をかけてしまう。
仕事を変えた方が良いと思い、退職をするつもりで昨日上司に相談した。
上司から勧められ精神科を受診。

最初の40代女性は念願のマイホームを手に入れてから、
次の30代男性は望んでいた昇進のあとにうつ状態となっています。
常識的に考えれば喜ばしい出来事のあとに、気分がふさぎ、
生きている意味が分からなくなり、辛い日々が続くようになっています。
この2症例とも診断的にはうつ病といえます。


うつ状態とはどのような状態か

それまで主婦として何の問題も無くやれていた人が、家事などが思うようにできなくなる、
有能な会社員が、仕事ができなくなり、自分が無能になったように感じるなど、
うつ状態の時にはよく見られることです。
それではうつ状態とはどのような状態なのでしょうか。
本人たちが思っているように、これらの人たちは本当に能力が落ちてだめになってしまったのでしょうか。

結論から先に言えば、無能になったのでもだめになったのでもありません。
ただ精神的なエネルギーが低下してしまったのです。

車を例にして模式的に述べてみましょう。
うつ状態の人間を車にたとえると、「ガス欠状態の車」であるといえます。
車自体はどこも壊れていませんし、修理も必要ありません。
必要なのはガソリンを入れてあげることです。

「ガス欠状態の車」をイメージすると、どうしてうつ状態になったのか、
どのようにすれば回復できるのかが理解しやすくなります。


どうしてうつ状態になったのか

うつ状態になる人の元々の性格としてメランコリー親和型性格の人が多いといわれています。
これは内向的、まじめ、几帳面、人の和を大切にして我を張らない、
責任感が強い、人からの評価を気にするなどの特徴があります。
この性格特徴をまとめると、物事をきちんとしておきたいという「秩序愛」と、
自分のことよりも他者の気持ちを優先するという「他者配慮性」の二つの大きな傾向を取り出すことができます。
なおそれぞれの対概念としては「ずぼら」「自己中心性」でしょうか。

このような性格の人が状況の変化があったときに、うまく対応できず、おかしな悪循環にはまり込み、
心身の疲労が積み重なってうつ状態になることが多いと思われます。

症例2をみてみましょう。昇進をして、人から指示される立場から、
上司からは指示され部下には指示をするという中間管理職となり、その役割をうまく果たせず、
何とかしようともがく中で疲弊していったと思われます。
ここで大切なのは、新しい役割が果たせず、うまくやれなかったときにこの人がとった行動です。
うまくやれず、どのようにやればいいのか分からない時に、
この人は周りの人にうまくSOSを出すことができませんでした。
上司に聞くなり、同じような立場の同僚に相談することも無く、
一人でどうすれば良いのか思い悩んでいました。
弱音を見せたり、人に頼ったりすることが苦手だったのです。
そうしてしだいしだに疲労が心身に蓄積されていきました。
仕事に対して負担を感じ、疲労も感じるようになり、以前よりも仕事の能率が落ちていきました。
次に大切なことは、この疲れて能率の落ちた時にとったこの人の行動です。
普通であれば疲れたら休みます。ペースを落とすなりして負担を減らすものです。
しかしこの人は自分の疲れは省みず、落ちた能率だけをみてそれを何とかしようとしました。
この人の性格傾向を考えてください。責任感が強いので手を抜くことはできません。
自分のことよりも他者のことを優先するので、自分の疲労など二の次で会社の期待などを優先させてしまいます。
結果は、休むのと逆に、今まで以上の努力をすることで落ちた能率を何とかしようとしたのです。
そのため更なる疲弊状態をもたらし、能率はさらに落ちました。
そしてより落ちた能率を何とかしようとして更なる努力をして・・・
そのような悪循環の果てに限界に達し、うつ状態となったのです。

無理に無理を重ねてきて、もう余力は残っていません。
マラソンの42.195キロを全力で走りきった後のランナーのようなものです。
これ以上走ること、努力するエネルギーは残っていません。
これがうつ状態、「ガス欠状態の車」です。


どのようにすればうつ状態から回復できるのか

うつ状態からの回復はどのようにすればよいのでしょうか。
どのようにすればガス欠の車にガソリンを補給することができるのでしょうか。
治療には二つの大きな柱があります。
一つは薬物療法。もう一つは休養です。

うつ状態のときの脳は生化学的にもアンバランスな状態になっています。
抗うつ薬などの薬物療法を行うことで健康な頃の化学的にバランスの取れた状態に導くことが可能です。

人間には自然回復力、自己治癒力があります。大切なことは適切な休養をとり、
自己治癒力が最大限発揮できるよう自己の周りの環境を整えることです。
努力するのではなく、努力しないで休むことが大切です。
疲れた、何もしたくないなどの自覚症状は休みなさいという体からのサインでもあります。
無理をせずに休んでいると、自分自身の回復力で精神的なエネルギーがたまっていきます。
ガソリンが補給されていきます。

ただ休むことも実際は難しいものです。
今まで怠けないで努力することを信条としてきた人に、
何もしないでごろごろしていることを自分自身に納得させることは難しいものです。
ごろごろして何もしないでいるとだめな人間になる、怠け者になってしまうなどと考え、
気持ちは穏やかではありません。
休むことも努力が必要です。
うつ状態の時には努力は禁物ですが、唯一休む努力は必要です。

うつ状態のときは非常に苦しく辛いものです。
いろんなことが心配になり、あーでもないこーでもないと思い悩み。
色々と心配事は浮かんでくるがどうして良いのか分からず、八方ふさがりの状態です。
こんなに辛いのが続くのならいっそのこと死んだ方が楽だと思うことも良くあります。
でも心配ありません、うつ状態は病的な状態であり、治療により改善します。
このような辛い状態は、治療を始めて1月もたつとずいぶんと楽になることが多いものです。
数ヶ月たつと以前の元気だった頃と同じような状態に戻ることが期待できます。

基本的にうつ状態は回復するものです。一人で思い悩まず、精神科・心療内科を受診してみましょう。


なお以上の説明は、うつ病やうつ状態の理解がしやすいようにかなり単純化して説明しています。
実際にはその原因、症状、経過、治療は様々です。
あくまでも理解の一助とするにとどめておいてください。